芥川賞受賞作家、今村夏子のデビュー作を映画化した『こちらあみ子』。ちょっと風変わりな女の子「あみ子」が放つ真っすぐで純粋過ぎるストレートな行動が、周囲を翻弄していく様子を描いた話題作だ。テアトル梅田(大阪)では、上映最終日である8月25日に、父親役を演じた井浦新さんが舞台挨拶に急きょ駆けつけた。キネプレでは、登壇後、撮影中のエピソードや役への思いをインタビュー。あみ子へのまなざしを通して、たどりついた父・哲郎の思いとは?
(本文中に、少し作品の中身に触れる部分があります、ご了承ください)
テアトル梅田で舞台挨拶をする井浦新さん |
今作は、大森立嗣監督作品など多数の現場で助監督を務めてきた森井勇佑氏の初監督作品。現場を共にすることが多かった井浦さんは「助監督からたたき上げてきた方がようやく撮った作品。初監督とは思えないほどチカラがある映画を作った」と森井監督を紹介。
「この作品は、あみ子あっての映画。監督は、オーディションであみ子を演じた大沢一菜(おおさわ かな)さん出会った時に『この子を撮りたい!』と強く思ったそうです。撮影中も、一菜の存在感があみ子をくっていくような印象を受けました」と撮影当時の様子を振り返った。
初めての演技にもかかわらず、圧倒的な個性で存在感を見せつけた主演の一菜さんについて「映画を観た方の中には、この子はどういう子なんだろう?と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。一菜は天真爛漫で太陽みたいな明るい元気な子。彼女自身の素の部分を誇張しながら自由に撮影をしていきました」と話した。
この作品には「直接説明はしていないけれど、意味を感じてほしい、という場面が多くちりばめられている」と井浦さん。例えば、あみ子がみかんを天井に投げるシーンについて。「最後に投げたみかんが天井から落ちてこないのは、なぜだと思いますか?」と会場に問いかけ、この場面に込められた意図を語った。「実際は助監督が虫取り網でキャッチしているんですが(笑)」と裏話も披露。また、エンディングの歌詞は、ある人からあみ子への言葉であることを解説しながら「これらを元に物語を眺めてみると、あみ子は決して1人ではないんですね」と、目に見えない存在がずっとあみ子を優しく見守っているのだと話した。「エンディングの歌詞を思い返してみると、胸に迫ってくるものがありますよ」と、作品を読み解くヒントを伝えてくれた。
「この映画は、なぜあみ子を誰もわかってくれないんだろう、という悲しい側面で見てしまいがちですが、実は、あみ子のような人は特別な子なのでしょうか、変わった子なのでしょうか、そして、みんな同じになっていいんでしょうか、ということを問いかけています。さらに森井監督は、あみ子の個性が豊かすぎるためにお父さんやお母さん、お兄ちゃんが壊れてしまう、というところまで、逃げずにしっかり描いています」と井浦さん。
「テアトル梅田は思い出がたくさんある場所。9月末で閉館ということで、僕がここに来る可能性は今日が最後かもしれません」と名残り惜しそうな様子。最後に「今日は、朝早くから足を運んでくださりありがとうございました」と感謝を述べ、舞台挨拶は終了。満席の会場からは、あたたかい拍手が送られた。
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【井浦新さんインタビュー】
「伝えたいのは、生きるきらめき。悲しいでしょ?辛いでしょ?と言う演技はしたくなかった」
■森井監督からの注文はただひとつ。「あみ子を優しく見守ってあげてください」
舞台挨拶終了後、井浦新さんにインタビューを行った。父親役も増えてきた井浦さん。個性的な娘を優しく見守りながらも、複雑な思いをふくらませていく父親「哲郎」を、どのような思いで演じたのだろう。
「この役は、ものすごく難しかったですね。演じるにあたり、いろいろなアプローチの仕方があったと思います。自由なあみ子に対して冷たく接する方に傾くこともできたし、もっと父親の苦しみをあふれ出させることもできたかもしれない。でも、監督の注文はただひとつ。『あみ子を優しく見守ってあげてください』でした。もう本当にそれだけだったんです」と振り返る井浦さん。
■〝悲しいでしょ?大変でしょ?″にはしたくなかった。観る人への誘導になってしまうから。
それでも、どうやったらこのシーンは面白くなるのだろう、どうやったらあみ子が苦しく見えるのか、辛そうに見えるのか、楽しく見えるのかをあれこれと考えたそうだ。
「でも、結局それは、観る人を誘導していることになる。あみ子がかわいそうだと思って観てくださいという風に。この作品で、それはやってはいけないことだと思いました。悲しいでしょ?大変でしょ?とわかりやすく伝えてしまうと、誘導になってしまうから。だからやっぱり、観た人のそれぞれの心の中にいるあみ子を感じてもらうこと、味わってもらうことが一番良いのだと思いました」。
■あみ子の存在とは、家の中にずば抜けた才能のアーティストがいるようなもの。家族も大変な思いをすることに
父・哲郎は、どんな時でもあみ子に優しかったが、ある日、妻のさゆり(尾野真千子)が出産のために入院、帰宅後に、あみ子は良かれと思ってさゆりに対してある行動に出る。しかし、それが家族のバランスを壊すきっかけになってしまった。
「尾野真千子さん演じる妻のさゆりは、とてもわかりやすく壊れていきます。でも、実は哲郎もすでに壊れていると思うんです」と井浦さんは読み解いた。
「この家のなかには、あみ子というずばぬけた才能のアーティストがいるようなもの。例えば、突然絵が描きたくなれば壁や床に自由に描き始める、それがあみ子なんですね。何かが欠落しているけれど何かがものすごく秀でている。そういう人は我が道を行くので、隣にいる人が一番大変なんです。だから、あみ子自身も理解してもらえず大変なんですが、家族も間違いなく大変な思いを抱えることになる。だから、哲郎は優しいけれど、物語の最初からすでに壊れているのだと思います」と言う。
「でも、伝えたいのはそういうことではないんです。辛い物語ではなくて、あみ子が放つ生きるきらめきや、自分の好きなことに突き進み、夢中でやっていくことの幸せを見てほしい。あみ子は決して不幸ではないんです。自分の好きな世界の中で、人から何を言われようとまっすぐに生きてきているのだから、幸せなんですよ」。
■なぜ哲郎はあみ子に何もいわないのか。そして、今でも考えているあの場面
それでも井浦さんは「なぜ哲郎は、あみ子に何も言わないのだろうと、脚本を読みながらずっと思っていた」という。「哲郎だって大変な思いはあるのに、あたたかく見守るだけで何もいわないのは、優しさとは違うよなと。あみ子を受け入れてはいるけれど、哲郎にはわからないこともいっぱいあって」。
しかし、これまで何もとがめることのなかった哲郎が、ある日とうとうあみ子を突き飛ばしてしまう。妻のさゆりが病に伏せる寝室に「自分の部屋には霊がでるから一緒に寝たい」とやってくる勝手なあみ子を、哲郎は部屋から追い出すのだ。
「あの場面は、突き飛ばすという表現でいいのかなと、今でも考えています。あの時自分はどんな気持ちで演じていたのだろうかと思い出すと、怒りでもあきらめでもない。だから、自分の中でもまだちゃんと落ちてきていないところがありますね」。
■それでも、哲郎の行動のなかには、あみ子を思っての愛がある
この作品の中には、自由過ぎるあみ子に対して、育児放棄ともとれる場面も登場する。家族のバランスが崩れてしまい、哲郎は、ある大きな選択をするのだ。
それでも「あの決断は、哲郎からあみ子への最大のやさしさなのでは?」と井浦さんは言う。
「哲郎の行動のなかには、あみ子への愛があると思うんです。あみ子が生きている環境を考えると、あの選択は育児放棄などではなく、あみ子へのやさしさなのだと思うんです。自分の感性をフルに使ってのびのびと暮らせる場所があみ子には一番幸せなのだと哲郎は思ったのではないでしょうか。排除するというイメージを持つ方もいるかもしれませんが、そっちじゃないんだろうなと僕は思います」。
■あみ子を演じた大沢一菜(おおさわ かな)さんの魅力は?
初演技でありながらダイナミックな演技で観る人を魅了したあみ子役の大沢一菜さん。彼女の魅力は?と聞くと「僕は、野生だと思いますね。人間が本来動物として持っている野生感や生命感がきらめいていると思います」と断言。
撮影当初、スケジュールの都合で途中参加となったスチールカメラマンの変わりに、井浦さんが自身のカメラで撮影をすることに。
「もう、あみ子の様子を記録したくてしょうがなくて。一菜はずっと見ていられるんですよね、面白くて」と振り返る。
一菜さんと一緒に演じた記憶に残る場面は、おばあちゃんの家でトランプをするシーンなのだとか。「外から大きな虫がブーンと飛び込んできたんですよ。一菜は虫が大の苦手で、瞬間的に芝居を忘れて逃げてしまった。台本にないことが生まれたので、僕的にはもう『キターッ!』と思いました。虫がいないテイクも撮ったのですが、僕は絶対虫がいたほうがいいなと。監督も同感だったのか、動きのある虫入りの場面が使われていました」
■あみ子が中心の日々。こうして、あみ子が一菜になった
「とにかくあみ子が中心でした」というほど、あみ子役の一菜さんのペースで撮影は進んでいったそうだ。「朝からテンションが高いのに、お昼ご飯を食べたらうとうとし始めて現場の真ん中で寝ちゃうんです。あみ子が寝たらみんなも休憩。そして目が覚めたらまた撮影と言う感じでしたね」と一菜さんとの日々を振り返った井浦さん。
「現場では、監督やスタッフ、キャスト全員が、あみ子として一菜がのびのびと直感だけで動き回ることができる空間を作っていたので、一菜にとっては遊び場だったんですよね。撮影期間は、大人達と一緒に遊んだ数週間みたいな。だから、僕らがするアプローチとはまったく違う、もっと純粋でまっすぐな方法であみ子になっていったと思います。いや、一菜があみ子になったのではなく、あみ子が一菜になった、そんな気がします」。
毎日いろいろなことが起こった撮影現場だった、と楽しそうに思い出を語ってくれた井浦さん。その生命力に満ちた現場の空気を閉じ込めた今作をぜひ劇場で体験してほしい。7月8日の公開から全国でロングランを続ける『こちらあみ子』。自由で真っすぐで、孤高な魂を持つあみ子の存在にきっと魅入られてしまうはずだ。
『こちらあみ子』は、9月2日(金)から出町座で上映中。9月9日(金)から塚口サンサン劇場、9月24日(土)からシアターセブン、10月8日(土)からシネ・ヌーヴォで上映予定。
詳細情報 |
■上映日程 ・出町座 9月2日(金)~ ・塚口サンサン劇場 ・シアターセブン ・シネ・ヌーヴォ ■映画館 塚口サンサン劇場 シアターセブン シネ・ヌーヴォ ■サイト |