2016年に公開された前作『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞した深田晃司監督の最新作『海を駆ける』が、5月26日(土)より全国公開されている。
物語は、2004年のスマトラ沖地震で津波による壊滅的な被害を受けたインドネシアのバンダ・アチェを舞台に、正体不明の謎の男が突然現れたことから始まる。現地で被災地支援の活動をしている日本人女性と、その息子ら4人の若者たちが、ラウと名付けられた彼の身元捜しをする中で不思議な体験をしていく姿が描かれる。
同地を訪れて以来、この地を舞台にした映画の構想を膨らませてきたという深田監督にインタビューを行い、撮影の裏話や本作への思いについて伺った。
映画『海を駆ける』は、深田監督のオリジナル脚本作品。インドネシアでオールロケを敢行し、現地のスタッフと共同で制作された。
物語の着想は、2011年の12月に深田監督が、津波と防災に関するシンポジウムに記録係として参加するためインドネシアのバンダ・アチェを訪れたことがきっかけだった。
当時は日本の2011年の3月11日の記憶が色濃く残るころ。バンダ・アチェは2004年のスマトラ沖地震の津波の一番の被災地で、17万人余りの人が亡くなっている。
「3月11日に僕は東京にいたんですけど、ニュースを観て、根底が覆されるほどのショックを受けました。それを引きずったままインドネシアに行ったんですけど、どうしても突きつけられるのは、2004年に自分はニュースでスマトラ沖津波の様子を観ているはずだけど、東北の津波の映像を観た時ほどは想像することができていなかったってこと。その差は何なんだろうってことを考えざるを得ませんでした」
インドネシアの被災地を見て回るうちに深田監督は、3.11を経た日本人がこの地を訪れるような、日本人とバンダ・アチェが出会う接点を作りたいと思うように。
「津波との向き合い方や死生観が日本とインドネシアで全然違うところが興味深くて、ここで映画を作ってみようと」
津波に対する日本とインドネシアの向き合い方は顕著に違うそうだ。
「もちろん人それぞれだとは思うんですけど、例えば日本の場合は、被災者の気持ちを考えて全部撤去してきれいにして復興に向かっていくっていう感じ。一方インドネシアの場合は、忘れないように残して観光地化する。そしてそこで屋台や売店を出して津波饅頭みたいなのを売る。そういうたくましいところがありますね」
また死生観についても違いは大きいという。
「例えば津波で家族を亡くした方に、死んだ家族についてどう思っているのかと聞くと、多くの人が『でもそれは神様が望んだことだから仕方がないよ』って言うんです。実際、映画にも出てもらった津波で奥さんや娘さんを亡くされた男性は、彼女たちが亡くなったことで(天国との繋がりができ、)私が天国に行くための鍵になったっていうポジティブな言い方をしていて、その辺が違うなと思いました」
被災した船が残されている場所は公園になっており、その一角の小屋には津波直後の死体の写真がたくさん展示され、遺族らが写真を観に訪れるそう。 今回監督は、そのように異なる価値観を持つインドネシアのスタッフと共に撮影に臨んだ。
「非常にいいなって思ったのは、本当にみんな映画の撮影を楽しんでて。例えばちょっとした昼休憩とかにインドネシアのスタッフが誰か歌い始めたらどんどん伝染していったりとか。でも撮影が始まったらみんなぴしっと緊張感持ってやってくれました」
インドネシアには雨を止ませるレインストッパーという職業が存在するが、「クランクイン直前まで毎日どしゃぶりのような雨だったのが、レインストッパーが前日に合流すると、そこから3週間は雨NGなし。クランクアップした日の夜にまたクランクイン前のようなどしゃぶりになりました。もちろんたまたまなはずなんですが、実際にあったことです」と不思議な体験を振り返る。
なお今作のキャスト陣は、深田作品へ出演経験のある太賀さんや鶴田真由さんが参加しているが、主演のディーン・フジオカさんとは初タッグとなった。
「ディーンさんに関しては最初に顔合わせでお会いしたときにもう謎の男、ラウのキャラクターを掴んでくださっていたので、現場で立ち姿とか歩き方とかを工夫していったくらいです。じっと穏やかな笑顔を絶やさないように演じてもらいました」
深田監督は、好きな場面の一つにラウが蝶を追いかけるシーンを挙げ、「本当にこんな無邪気に少年のような表情で蝶を追う30代の男性いるのかなって。同い年なんですけどね」と笑った。
タカシ役の太賀さんについては、現地のインドネシア人も本当にインドネシアの若者っぽいと感心するほど。単純に言葉が流暢ということ以上にちょっとしたしぐさや身振り手振りがインドネシア人らしく、「常に周りの共演者とか周りの状況やその舞台からちゃんと影響を受けていって、自然にインドネシア人っぽくなっていきました。これは本当に太賀くんの俳優としてのセンスですね」と才能を讃えた。
本作でファンタジーを描いた理由を伺ったが、特に意識したわけではないという。「今回、どういう話をしようって考えた時に『ほとりの朔子』(2013年)の発展系のような形でイメージしていて、その時点で若者たちの話にしようって話はありました。一方で、最初に謎の男が海から現れて記憶を失っていて、彼は何者なのか探すっていう話が思いつきました」
その際に思い浮かべたのは『トムソーヤの冒険』の著者であるマーク・トウェインが晩年近くに書いた小説『不思議な少年44号』だという。
「16世紀のヨーロッパにその44号っていう謎の少年が現れて、当時の人間の価値観っていうのを徹底的にひっくり返して去って行くというような話があるんです。不思議な力を持っているっていう設定で、それをイメージしていたら、ファンタジー的要素が入ってきた」と明かした。
「ファンタジーなんですけど、ベースにあるのは若者たちのたわいもない恋愛の群像劇。そこにラウという存在がだんだんと大きくなってきて、最後に一気に立ち上がっていくっていう、ファンタジーが混じってくるイメージです」と、ファンタジーはあくまで背景だと話す。
加えて、「入り口と出口が違うことを意図した」と深田監督は言う。「最近、映画を観ていて、本当に入り口と出口が同じ高さだなって不満を感じることがすごく多くて。観ている間はすごく楽しいし面白いんだけど、結局映画が終わってみて、入り口の入りやすさと出口の出やすさが同じだったっていう映画だと物足りないんです」
毎回、この点を強く意識しているという深田監督。今作でも「入った入り口と全く違う出口に放り出されてしまう、そういうものにしたいなって思って。今回は4人の若者たちの青春恋愛模様を観てるつもりだったのに、まったく違うところに連れてかれちゃったっていうのがいいなって思いながら作りました」と、こだわりを覗かせた。
映画『海を駆ける』は、テアトル梅田ほか全国上映中。
映画『海を駆ける』予告編 |
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■上映日程 5月26日(土)~ ■サイト |