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人間は選択することで意識の力を使い、疲れるという。
米企業のアップルや、ピクサーに多大な貢献を果たしたスティーブ・ジョブスも、些細な選択を減らすために工夫を凝らしたらしい。
例えば服装だ。同じ服を何着も用意し、着まわしていたという。
服の選択肢を減らすことで意識の力を節約し、その分を発想力やアイディア実現の行動力に回していたのだ。
つまり、選択は少ない方が良い。言い換えれば、少しは制限のある方が良いということだ。
だからこそ、地元を巻きこむというアイディアはヒョーロンのシナリオにとって程よい制限となった。
舞台を選ぶのに消費されるはずだったエネルギーは展開を考える力へ変わったのだ。
ただし、できたシナリオが使えるかどうかは、これからの交渉にかかっていた。
シナリオと絵コンテが一旦の完成を見せた数日後、アキトシとマダピー、そしてスタンリーはカメラを持って阪急梅田駅のホームへ来ていた。
阪急梅田駅は神戸本線、宝塚本線、京都本線のターミナル駅となっている。
フロアは、片側にしか線路が伸びない頭端式ホームとなっている上に、九つの線路が並んでいるため、とても広い。
「いつ来てもここは人が多いのぉ……」
スタンリーは一眼レフカメラのレンズを覗きながらため息をついた。

「まぁ、一日あたり五〇万人が利用するらしいからね」
ちなみに『利用される駅ランキング』で世界四位に位置するらしい。
ここから北へ徒歩で移動し、最終的には中津町へ行く。
目的は撮影場所を探すこと。
いわゆるロケハン――ロケーションハンティングだ。
店や施設の目星はつけてあるので、後は訪れて撮影許可をもらうだけ。
ただし、スタンリーが試しに写真や動画を撮影し、気に入らなければ場所を変更する予定だ。
本当は多数の候補地で試し撮りをし、その中で最高の画になる場所を本採用したいのだが、さすがに時間がかかりすぎるため断念した。
「移動に時間が取られるのはゴメンだ。手早く行こう」
マダピーはそう言うと率先して前を歩き出す。
アキトシとスタンリーは後ろをついて行く。
マダピーは営業職だけあってか、地図の読み方、経路の選び方が的確だ。
おかげで二時間の内に六軒も回れた。
店の人が好意的で、撮影に前向きであったこともあり、交渉も簡単だった。
もちろん、マダピーの実力でもある。事前に用意していたメリット、デメリットを書いたチラシが説明をより簡単にし、説得力を高めたのだ。
改めてマダピーのことを凄いと感じたのは、そのチラシが各店舗に合わせた内容になっている点だった。
本職の間にシナリオを読み、アキトシがリストアップした店舗のことを調べ資料にまとめたということになる。
移動の途中でアキトシは思わず聞いてしまう。
「ねぇ、マダピー、これ用意するの大変だったんじゃ……?」
「まぁな。だが、手間暇かけて作った物の方が誠意を感じるだろう? 作品を成功に導くためならこれくらいは当たり前だ」
それだけマダピーも真剣なのだ。
思わずアキトシも力が入る。
自分も同じように作品の細かなところに気を配り、より良い作品にしなければ。
スタンリーも同じ気持ちなのか、何度も大きく頷いていた。
だが、彼の意気込みは事態の悪化を招いてしまう。
「こんな内装じゃあきっちりした画にはならん」
背中に冷や水がぶっかけられたような気がした。
マンションの一角にある茂みに隠れた階段を降りると現れる、隠れ家的なインド喫茶『カンテ・チーコ』は、その独特の内装で特にお気に入りの店舗だった。
それなのにスタンリーはいきなり異を唱えてしまった。
しかもベテラン女性店員の前で。
店長、社長の前でないのがわずかな救いだったが、明らかに彼女は気分を害している。
「画にはならないってどういうことですか?」
カンテ・チーコはインドから輸入してきた雑貨やインテリアが並んでいる。
その配色は赤や黄色、緑や青、紫と、カラフルで美しい。
そんな店内に惚れこんでロケ地に選んだのだ。
ここだけはどうしても使いたい。
アキトシは場を治めようと言葉を選ぶ。
「えっと、その……」
が、結局は出てこない。
「補色が見られるのはええんじゃが、それがきっちりカメラに収まらん。雑多な感じもええが、小綺麗でないから見栄えがせんと言うとるんじゃ」
さらにスタンリーのダメ押し。
眩暈がしてきた。
スタンリーの表情を確認する。
不機嫌なのかと思いきや、どこか得意げだ。
「それにじゃ……」
まだ続ける気らしい。このままでは取り返しがつかない。いや、もうすでに充分か?
それでも止めないわけにはいかない。
慌ててアキトシはスタンリーの脇腹に指を突き立てた。
スタンリーは巨体に似合わぬ可愛らしい悲鳴を上げ、軽く飛び跳ねる。
「な、なにをするんじゃあっ!?」
振り返ったスタンリーのベルトを掴み、そのまま外へ連れ出す。
店内でマダピーが一生懸命に頭を下げていた。
マダピーにつらい役を押し付けてしまった形で申し訳ない。
しかし、アキトシでは力不足。ここは営業のプロに任せたい。きっとなんとかしてくれるに違いない。
「アキトシ、なにするんじゃ!」
「それはこっちのセリフだってば……」
スタンリーはスタンリーで、自分のしでかしたことを判っていないようだ。
「あんなこと言ったら、お店の人が気分悪くするに決まってるだろ」
スタンリーは口をへの字に曲げる。
「そげゆうてもなぁ。ダメなもんはダメじゃ。妥協したら傑作にはならん!」
「それはそうだけど、直接的なことを言えば問題になるって判らない?」
「素直は美徳じゃろが。なんでダメなんじゃ」
これは面倒なことになってきた。
スタンリーは時折、頑固な一面を見せる。
それこそが映像へのこだわりに繋がるのだろうが、人間関係に至ってはトラブルの元だった。
思い出すと学校に通っていたときも、そのバカ正直さと頑固な物言いで他のカメラマンとぶつかっていた。
これで映像に見るべき点がなければ関わりもしなかっただろうが、彼の撮る映像は独特で面白い。それは小物の選別、飾る位置、汚れ、傷、生活感に視点人物の気持ちに至るまで細部に見られる。
どれもが絵画的と言って差し支えない。
アキトシはそれに惚れて彼を制作実習の仲間に引き入れたのだ。
――こういう点を込みで考えてたけど、最近、自分のことで一杯いっぱいだったから、忘れてた……
ともかく、口にしてしまったことはしょうがない。
カンテ・チーコを諦めるか、謝り倒して説得するか……
ただ、どちらにしろスタンリーの言い分も判る。
もし、撮影になったらライティングはもちろん、小物の入れ替えや内装の一部を変更させてもらうつもりでいた。
「言い返せんのか?」
スタンリーが煽ってくる。
アキトシは少しだけ苛立ちを覚えたが、深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「いや、素直なのはいいことだと思うけども、TPOってものがあるでしょ……」
「……PTAの親戚か?」
「まじか。知らないのか……」
「悪いんか?」
これ以上、機嫌を悪くされたくないが、一応、説明だけはしておく。
「TPOはTime(時間)、Place(場所)、Occasionか、Opportunity(場合)の頭文字をとったもの。その三つをわきまえ、相応しい態度や服装をしようって話だよ」
「……ふむ?」
本当によく判っていないらしい。
「まぁ、ともかくスタンリー的にはナシなの? ここ」
スタンリーはにっかり笑う。
「最高じゃ! いじればいじっただけ最高の画になる予感しかせん!」
思わぬ掌返しにアキトシの心が一瞬、空っぽになった。
どっと疲れが押し寄せると同時に、その冒頭の言葉だけを選んで伝えてくれればと思わずにいられなかった。
ただ、素材がいいからこそ、このままではダメだという思いが強くなったのだろう。
――マダピーと相談して、後でもう一回、謝りにこよう……
しっかりと進んではいるという感触が、酷い頭痛をやわらげてくれた。
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