我々京都ドーナッツクラブが主催するイタリア映画祭「映画で旅するイタリア」も今年でいよいよ3回目。わくわくする映画の旅のはじまりだ。でも旅に出る前に必要なのは事務的な下準備。作品選定に始まり、権利交渉、上映館とのやり取り、告知などなど、なんとも地味な作業ばかり。はずんだ気持ちに水を差すかもしれないが、今回は旅のしおりの1ページ目として、映画権利所有者との交渉を担当している私ハムエッグ大輔(二宮大輔)が、その内実をお話ししたいと思う。
日本で上映されたことのないイタリア映画を、自分たちで字幕をつけて公開する、というのがドーナッツクラブのウリなのだが、そもそもの始まりはシルヴァーノ・アゴスティだった。今やラジオDJとして活躍するドーナッツクラブ代表ポンデ雅夫(野村雅夫)が、2005年、ローマ留学中に偶然出会った映画監督だ。自分で撮影した映画を、自分で運営する映画館で上映するこの風変わりな老監督に惚れ込んだポンデと当時のドーナッツ・メンバーは、日本でのアゴスティ特集上映を企画。アゴスティに直接話を持ちかけ、2009年に京都で初の上映を実現させる。その後も作品本数を増やしつつ全国5カ所を巡回し成功を収める。
これに味を占めて次なる特集上映の題材として選んだのが、フェデリコ・フェリーニのアシスタントなどをしていた職業監督エウジェニオ・カプッチョ。ポンデ雅夫の好きだった人気タレントがカプッチョ映画に出演していたから、というなんとも軽い理由。2012年、ローマ大学を卒業し日本に帰ることを決めていた私は、依然として就職する気もなく、何か面白いことがしたいとカプッチョ映画の権利交渉役を買って出た。だが、我々は一つ重大なことに気づいていなかった。いや、少なくとも私は気づいていなかった。これが苦難の始まりだったのだ。
アゴスティとの交渉はレア中のレア・ケースで、彼に直談判すればそれでことが済んだ。支払額も契約内容も、彼が納得すればそれでよかった。ところがカプッチョの場合はそうはいかない。大手の配給会社が権利を持っているのだから。
交渉にあたった大会社からは上映権として桁違いの額を提示され、のけぞり返った。それでもイタリア人の友人の助けを借り、なんとか大手が権利を所有していない初期作品2本と、少し奮発してメジャー作品1本を獲得。本邦初公開3本でカプッチョ特集上映に臨むも、客入りは芳しくない。これでは到底労力に見合わない、やってられるか! 私はすっかりドーナッツクラブを脱退する気になっていた。そんなある日、ポンデ氏から電話が入る。「渋谷のアップリンクでカプッチョを上映できそうなんだけど、どうせなら他の映画も加えて、新しいイタリア映画祭を企画しよう」。この面白そうな提案に私は二つ返事で権利交渉役を希望。2014年末、こうしてついに「映画で旅するイタリア」が動き出したのだった。
今思うとカプッチョと1年目の「映画で旅するイタリア」で、交渉の基本を学ばせてもらった。映画館の規模や開催時期、我々の素性を相手に伝えぬまま「安くで映画を貸してほしい」では、どんな権利所有者も相手にしてくれない。できるだけ具体的なイベント内容を提示し誠意を見せるのが、コミュニケーションの取りにくい国外の相手には、特に必要だ。
もちろん全てを私一人でこなしている訳ではない。実務的な電話は友人であるイタリア人の代理人にかけてもらっているし、配給権利料を支払っているのは常に母体であるドーナッツクラブだ。映画配給は、「映画で旅するイタリア」は、このように様々な人の労力とお金のもと成り立っているのだ。
執筆:二宮大輔 1981年、愛媛県生まれ。2012年にローマ第三大学を卒業。専攻はイタリア現代文学と言語。京都ドーナッツクラブで映画のいろいろに関わりつつ、通訳案内士として生活を営む。イタリアに関する記事を月刊ラティーナ、キネマ旬報などに寄稿。 |