2021年12月9日(木)から、大阪・阪急うめだ本店9階・阪急うめだギャラリー、阪急うめだホールにて『「アニメージュとジブリ展」一冊の雑誌からジブリは始まった』がスタート。
日本初の商業アニメ専門誌として1974年に創刊された「アニメージュ」や、そこから生まれた『風の谷のナウシカ』、そしてスタジオジブリ誕生までの流れが展示で詳しく解説されている。
「アニメージュとジブリ展」大阪会場を訪れた島本須美さん(左)と高橋望さん(右)
今回は、アニメージュからスタジオジブリまでの流れを鈴木敏夫プロデューサーのもとでリアルタイムに体験した、高橋望さんにインタビュー。
現在は、三鷹の森ジブリ美術館のシニアアドバイザーを務め、今回の展示『「アニメージュとジブリ展」一冊の雑誌からジブリは始まった』の監修も手掛ける高橋望さんに、アニメージュやスタジオジブリ、鈴木敏夫さん、そして今後の展望についてお話を伺った。
―日本初の商業アニメ専門誌として誕生した「アニメージュ」は、違う側面として、「クリエイターにフォーカスをあてた雑誌」という印象もあります。このアニメージュが当時のアニメ界に与えた影響について、どう考えていますか?
当時は、そもそもアニメ雑誌自体がほとんどなかった時代なので、唯一の商業アニメ専門誌として、一から作りながら、その過程でいろんな方針を考えていきました。なので他の雑誌との差別化の意識もなく、自然とそうなっていった、という印象です。
―「アニメージュ」初代編集長は尾形英夫さんですが、尾形さん自体、手探りだったのでしょうか。
尾形さんの中には、「こういう雑誌にしたい」というイメージは、はっきりあったと思うんです。ただそれを実現するのに、鈴木敏夫さんや我々が肉付けしていったということですね。
尾形さんは、すごく企画力がある人でした。「これからアニメの時代が来る」という手ごたえを強く持っていました。ただそれまで徳間書店は、「アサヒ芸能」などの週刊誌が強く、若者向けの本はさほど手がけていなかったんです。
その時、尾形さんが「どうやら最近の若者は、アニメというものに熱中しているらしい」とひらめいたんですね。一方で、息子さんが「宇宙戦艦ヤマト」などのアニメのファンだったりもして。
「公私混同」と鈴木さんもよく言うんですけど、その「私」の部分と、徳間書店の「公」の部分をうまく混ぜたのが、「アニメージュ」の創刊でした。
なので尾形さん自身は、実はアニメについては詳しくなかったんです。でもこれからのアニメの盛り上がりを予感していましたし、例えば「アニメージュは高級感のある雑誌にしてほしい」とも言われました。
これは鈴木さんから聞いた話ではありますが、尾形さんは親バカで「自分の息子は頭のいい子だ」と(笑)。だから頭のいい子が読む本にしてほしい、というところがあったそうです。このあたりもいい意味で「公私混同」ですね。
―そうしてアニメージュが創刊され、色んなアニメやクリエイターを取り上げていったと。
はい。最初は方針や方向性など考えず、がむしゃらでした。
ただ今回のこの「アニメージュとジブリ展」を迎えるにあたって鈴木さんと何度もしゃべっていく中で、実はようやく我々の中に明確に固まってきたことがあるんです。当時は言語化できていなかったんですが、それは「アニメの地位向上」じゃないかと。
その時は、尾形さんの方針もあったので「小さい子向けではなく、もう少し年齢が上の子に向けて作ろう」ぐらいだったのが、今となっては「実写よりアニメの地位が下だと思われたくない」という気持ちがあったんだろうと。その延長上で、よくアニメージュが言われる「作家主義」というものが出てくるのではと思ってます。
―高畑勲さん・宮崎駿さんをはじめとして、アニメの作り手の作家性を発掘していく、というのはその後のアニメ業界の一つの大きな流れを作りました。
鈴木さんが言うには、「雑誌というのは生き物だから、どんどん変わっていくんだ」と。だからやっていく中で試行錯誤してできていったんですね。でも振り返ってみると一本筋が通っていた、ということだと思います。
そしてそれは、スタジオジブリに至っても変わってないんですよね。アニメーション映画を作るということも含めて、アニメーションの地位向上をやって来たのかなと思います。
まず最初は雑誌で「アニメを一つの文化として育てていくんだ」と。その延長線上にジブリがある。雑誌だけでは足りない。アニメがちゃんと批評されたり、ビジネスとして注目されるようにしたい。実写と比べても見劣りしない、一般の人に向けて広がる一つの確立した文化として頑張ろうと。
そのためには、雑誌だけじゃなくても、「自分たちでもちゃんとしたアニメーション映画を作るべきじゃないか」となった。それがジブリ設立への流れだと思うんです。もちろんあくまで結果論ですが(笑)。
鈴木さんは、フランスの映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」の例えも良く話されます。「作家主義」を手掛けながら、そこからヌーヴェルヴァーグの映画作家をたくさん産んでいった雑誌です。
これももちろん後付けだとは思います(笑)。でも振り返れば筋は通っていたし、「アニメは子どもが観るもの」と思われるのは、やっぱり嫌だったから地位を上げていきたい、というのをやってこれたんだと思います。
―鈴木さんはアニメージュの編集者として活躍された後、スタジオジブリのプロデューサーになりました。編集者とプロデューサーには共通しているところはあるのでしょうか。
鈴木さん本人の中では、雑誌を作ることと映画を作ることは、実はあんまり変わらないんじゃないかと思います。
たとえば鈴木さん流の考えだと、「雑誌を作ることも、映画を作ることもコミュニケーションだ」というんです。雑誌の場合は読者、映画の場合は観客とキャッチボールする。読者や観客に、今の時代を切り取ったものを投げて、また返ってくる。そういう点が似ていると。
―時代の空気をとらえるのは、確かにジブリ作品にも共通していますね。環境汚染の時代に『風の谷のナウシカ』を作り、世紀末で生きるのが不安な時代に『もののけ姫』を作り、個人の自立が叫ばれるときに『千と千尋の神隠し』を作った。
そうですね。だから鈴木さんにはジャーナリスティックなところがあるんだと思います。社会や世界の在り方を見つめて取り上げて、それを世の中に問うていく、という。それも雑誌でも映画作りでも同じですね。
―鈴木さんはアニメージュの時はアニメ好きの人をたくさん集めてどんどん書いてもらった、という話を聞きますし、ジブリでは鈴木さんの隠れ家(れんが屋)に人を集めてアイディアを出させて、というのもあって、それも一緒なのかなと思います。
そうですね、鈴木さんはみんなでワイワイが好きですよね。
ただある意味矛盾ですけど、ワイワイしながら、でも最後には一つ決めないといけない。それは鈴木さんが決める。だから理想としているのは、みんな仲良く楽しく、だと思います。そしてどこかで、「自分は責任者として決めないといけない」と思っている。自分が汚れ役を引き受けるから、みんなで楽しくやろうよ、という感じですね。
―ほかにも鈴木さんらしい点はありますか?
後輩の人たちには、すごく具体的なアドバイスをします。たとえば「編集会議をやったら全員から企画を出させる」そして「一つは必ず取り入れる」とか。スタッフの意見を否定しておれの言うことだけ聞け、というリーダーが多い中、これは斬新ですよね。
あとは「付録をやろう、付録に価値があれば本では何やってもいいんだ」とか。鈴木さんの方針でアニメージュは付録をどんどんつけていくんですが、その付録がたとえば雑誌の値段と同じぐらいの値段のものに見えたら、読者としては雑誌は実質ゼロ円だと考えますよね。ここで鈴木さんがすごいのは「だから多少雑誌で間違っても大丈夫だ」と(笑)。雑誌記事が人気を集めなくても、売り上げは付録が支えているからだと言うんです。
―その分新しい才能を発掘する冒険もできるわけですよね。新進気鋭の作家の特集などは、基本的に売り上げが落ちるところを、気にせずやれる。
カッコよく言うとそうですね(笑)。冒険的な企画もできるんだと。無名の才能を紹介するのは、部数に響く。だから付録で支えようという。
そういう具体的なテクニックと、哲学が同居している面白い人ですね、鈴木さんは。
―インターネットが発達して、メディアの役割がどんどん変わってきている時代ですが、いまの雑誌についてはどう考えてますか。
雑誌の役割については、アニメージュは20周年を迎えた20年前頃からずっと言われているんです。その時押井守さんに「もうアニメ雑誌は終わった」と言われながら続いてきたわけです(笑)。でももちろん昔の雑誌と今の雑誌は違ってきていますよね。
ただ、今回の展示をやっていて思っているのは、昔の雑誌が担っていた役割を、今ではこういう展示が担っているのではないかと。
いろんな所で作家主義の展示が行われています。たとえば富野由悠季展、庵野秀明展、高畑勲展など。これは、アニメーションという漠然とした業界の中で作家をちゃんと取り上げるという、アニメージュの精神と通じていると思うんです。
今の雑誌は昔に比べてカジュアルなものになってきましたが、その代わり作り手に着目するのは、こういう個人名で語れる展示会なんじゃないかなと思ってます。
そんな中、例えばうちのように雑誌という縦軸でまとめるというのもいいと思いますし。それは回顧展というわけではなく、アニメージュがやって来た精神を整理して今の人に伝えるという役割を持っているのではと考えてます。
―今回の「アニメージュとジブリ展」は、雑誌と作家のいい交差点なんですね。
例えば今後、「アニメージュと〇〇展」、というのもいろんなバリエーションでできそうですよね。
いいですね。どんどんできると思います。
作家主義を掲げて展開していった雑誌なので、アニメージュが取り上げた作家性が強いアニメーターを改めてしっかり紹介するというのも面白いと思います。
可能ならぜひやってみたいですね。
―新たな展望、楽しみにしています。ありがとうございました。
『「アニメージュとジブリ展」一冊の雑誌からジブリは始まった』は、2022年1月10日(月・祝)まで阪急うめだ本店9階・阪急うめだギャラリー、阪急うめだホールにて開催中。
詳細情報 |
■開催日程 12月9日(木)~2022年1月10日(月・祝) ※2022年1月1日(土・祝)は休館 ■料金 ■会場 ■サイト |