「今日は、勝てる!!!」
そんな叫び声が、塚口サンサン劇場を新たに生まれ変わらせた、2013年10月13日の夜。
一方で、大きな転換点を、実はもう一つ迎えていた。
それは、「コスプレしての映画鑑賞」だ。
もともとはコミケなどのアニメ・マンガファンの集いで行われていた「コスプレ」。一方で、ハロウィン文化が日本独自の定着の仕方をしたこともあり、コスプレはここ10年ほどで、珍しいものではなくなってきた。
今では映画の応援上映でも「コスプレOK」の企画が増えてきて、参加者たちは思い思いに登場人物たちの格好をしながら、映画の世界に入り込む。
かけがえのない鑑賞体験になるとともに、上映前・上映後に仲間たちと撮る写真は大事な記念の一枚になる。
だが2013年当時は、応援上映ももちろんだが、「コスプレして映画館に行く」というのも、まだ一般的ではなかった時代だった。
そんな中、『パシフィック・リム』激闘上映会では、多数のコスプレした人たちが参加した。
先述の通り、主人公のロボット「ジプシー・デンジャー」のコスプレをする者もあらわれた。
「映画泥棒」のコスプレもいた。
これは、一つには塚口サンサン劇場では、インド映画のマサラ上映でサリー姿の鑑賞者を受け入れる、という下地が出来上がっていたからだろう。
サリー姿の観客にチラシ配りを手伝ってもらう、というユニークなアイディアも功を奏し、以降サンサン劇場のマサラではサリー衣装、インド風衣装の観客が多数訪れるようになった。
これも言わば「インド映画に合わせたコスプレ」なわけで、マサラのシステムを他の映画にも転用する際に、違和感が少ない形で、コスプレを導入できたのではないだろうか。
その一助となったのが、地下1階のスペースだ。
第2章で紹介したイベント「語る映画館」に活用しつつ、日常では映画の上映が始まるのを待つロビーとして使っていたこの空間を、イベント上映時のコスプレ撮影スペースとして利用しはじめたのだ。
たとえば2015年10月に映画『キングスマン』で開催したマサラ式イベント上映「KINGSMAN“Ladies and Gentlemen”上映」の時は、キングスマンの作中に合わせて、スーツ+メガネ+傘、といういでたちの観客が多数訪れた。
地下一階を待機場所、撮影場所に使い、上映前に意気を高めあった。
「就職説明会の会場みたいでした」
と振り返る戸村さん。
この「スーツ+メガネ+傘」という服装は、劇場側は強制していない。
ブログには
「参加者には、男女共に、スーツ又はジャケットの着用、メガネと傘の持参をお願いします!*強制ではありません。」
と記されていた。
だがほとんどの参加者が、このいでたちで現れ、戸村さんら劇場スタッフをびっくりさせた。
当日は雨が降る様子もないのに、多くの人が傘を持参し、近隣の人たちは「なんでだろう」と思ったという。
余談であるが、この頃からサンサン劇場は、近隣の人たちをびっくりさせることが増えてくる。
たとえばある映画の上映の時は、近くのイタリア料理店からピザが一斉に売り切れたりしたが、その話は後述することにしよう。
『キングスマン』のこの「スーツ+メガネ+傘」の装いも、『パシフィック・リム』の「今日は勝てる!」宣言で気づいたとおり、お客さんたちが自ら楽しもうとして動いてくれた結果だ。
好評のため、一か月後の11月には、東京の角川シネマ新宿がそのスタイルを輸入する形で、「“Ladies and Gentlemen”上映 in 角川シネマ新宿(Produced by 塚口サンサン劇場)」を行ったほどだ。
一方、サンサン劇場では、イベント上映人気はさらに続く。
2016年3月には『ガールズ&パンツァー 劇場版』のイベント上映が開催。ここでもコスプレの撮影会場として、地下1階が活用された。
ともかく、今回の『パシフィック・リム』のイベント上映が成功に終わったことで、塚口サンサン劇場は、マサラ上映の要素(紙吹雪、クラッカー、声援、絶叫、ダンス、そしてコスプレ)をすべて、もしくは一部取捨選択しながら、インド以外の映画にも転用していくことを頻繁に行うようになる。
そのすべてが結実し、さらに次のエポックメイキングを生み出すきっかけとなったイベント上映を、次章では詳しくお伝えしよう。
時期は、2015年8月22日。
作品は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だ。