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「映画と短歌と街をゆく」 第5回 京都『マザーウォーター』(奈良絵里子)

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引越しの多い人生を送っています。
この秋に32歳になりますが、これまで引越し経験は12回。
別に引越しが好きなわけではないのですが(そういう人もいますよね)、転勤や転職など仕事の都合に加え、結婚離婚といった家庭状況など、住む土地や家を変わらなければならない出来事が多いんですね。
そんなだから、これまで暮らしたまちや家の印象は、そこに引っ越すきっかけになった出来事とごっちゃになって思い出されてしまうのです。

京都には2年暮らしました。
その前の1年間は東京で働いていましたが、仕事も東京のまちも気性に合わず、すっぱり辞めて引っ越してきました。家や仕事の当てがあったわけではなく、下鴨神社が好きだったので、下鴨神社の近くに住みたいなというだけの理由で決めました。出町柳駅前の不動産屋さんに駆け込んだときは「これから無職になります」という状況だったので、今思えば、部屋を貸してくれた大家さんは肝が座っていますよね。

貯金は少しだけ、雇用保険も出ない状況で金銭的にはとても不安でしたが、東京での1年間はほとんど仕事だけの生活をしていたので、自分を楽しませる出費は切詰めすぎないようにしようと決めていました(健康で文化的な最低限度の生活!)。

そんな背景もあって、四条烏丸にある映画館、京都シネマの会員になりました。当時の会員規約の詳しいところは忘れてしまいましたが、入会金を払えば1年間は会員料金で映画を見ることができました。無料招待券も2枚ついていて、さらに同伴者への割引もあり、年に3,4回見る人にはとてもお得な仕組みになっていたと思います。

しかし何といっても一番嬉しかったのは、毎月郵送されてくる「月間京都シネマ」という冊子。大きな紙を折りたたんで手のひらサイズ(B5ぐらいでしたかね)にしたような紙面で、上映情報や映画紹介、ちょっとしたコラムが書かれていました。透明なビニル封筒に包まれた全面カラー刷りの冊子が、郵便受けに入っているのを見つけると嬉しくて。各映画紹介欄の小さな映像キャプチャと紹介文を読みながら、これどんな映画かな〜これも面白そうだな〜と妄想するのが日々の楽しみでした。冊子を広げて、ポスターみたいにして壁に貼り付けていた時期もありました。

そうして下鴨神社の近くに暮らし、映画を見ながらのんびりと過ごすだけの日々は長くは続かず、ほどなくして大阪に就職が決まりました。なぜ京都で仕事を決めなかったんだろうと後から何度も後悔するのですが、東京からだと大阪も京都も近いものなので、距離感がよくわからなくなっていたのです。

出町柳から天王寺まで通勤片道1時間半。6時半に仕事が終わっても、家にたどり着くのは8時を過ぎていました。仕事は忙しく、それ以上に責任が重く、家に持ち帰って作業をすることも少なくありません。それでも、鴨川や糺ノ森、大の字がうっすら見る山を毎日見ていると気分も晴れました。

そんなときに見たのが、映画『マザーウォーター』です。

『かもめ食堂』や『めがね』のシリーズといえばピンとくる方もいるかもしれません。小林聡美やもたいまさこ、市川実日子といったおなじみの面々が、京都を舞台に、ウィスキーバーやコーヒー店、豆腐屋さんとしてゆったり暮らしている様子を描いた作品でした。
すぐご近所がロケ地や舞台になっていたので、知らない人たちが知っているまちで暮らしているのを見るのは、なんだか不思議な気分になりました。

登場人物たちはあくせく働くこともなく、お客さんのほとんどいないお店を毎日開けていて、言い方は悪いですが半分死んでいるみたいに、にこにこのんびりとしていることに少し狂気を感じました。

この映画を、東京に暮らしている人たちも見ているのか、そしてこんな暮らしが京都にはあると信じる人もいるのかなと思うと、走っていってそんなことはないんですよーと言ってまわりたい気分と、確かにある人にはあるのかもしれませんよねえと私も鴨川沿いに佇んでみたい気分がまぜこぜになりました。

京都を離れて、6年以上が過ぎました。あの頃のことを思い出そうとすると、私自身が本当に過ごした京都と、映画に出てきた京都の印象がごっちゃになって、見覚えのある景色が映像だったのか現実だったのかがよくわからなくなります。

【今回の一首】
神様のつくる人生一覧のキャプチャ画像に見覚えがない

執筆:奈良絵里子
1986年生まれ。大阪在住。中学校の国語の授業がきっかけで短歌を趣味にする。枡野浩一短歌塾四期生。
同人誌『めためたドロップス』ほか短歌とミニエッセイの寄稿など。コワーキングスペース往来にて月1の講座「もしも短歌がつくれたら」スタッフ。伊丹市立図書館ことば蔵にて「そうだ、歌会始行こう!」など、短歌初心者向けの小さな催しをたまに企画する。

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