最近、応援上映が流行りですね! 私も噂を聞きつけて以来「いつか行ってみたい!」と思いを馳せ、昨年1本だけ見に行きました。……が、平日でお客さんの数が少なかったのと、作品ファンより俳優ファンの人がほとんどだったので盛り上がりはイマイチでした、残念。その俳優さんが出てくる終盤までずーっと静かだったんですよね。クライマックスは盛り上がったけど、もっと序盤から楽しみたかったなぁって。そんなワガママを言ってみたり。
ま、いっぱい応援したいなら私自身も頑張らないといけなかったんですけども。私が序盤から応援していたなら、同じように応援してくれた人もいたかもしれない。そしたら応援上映は大盛り上がりになっていたかもしれない。でも、普段は静かに鑑賞することが普通な映画館で「応援しても大丈夫」とわかっていても声を出す勇気がなくって……自分の不甲斐なさが悔しい。
さて、その後悔を振り返るたびに思い出す映画鑑賞があります。大学生の時に友達と見に行った、滝田洋二郎監督の『陰陽師』です。軽妙さと真摯さが同居する、あの不思議な空気感を持つ野村萬斎さんが、浮世離れした安倍晴明を演じる。これはもう楽しみしかない! と、映画館へ行きました。
その日のシアター内は超満員。上映ギリギリに滑り込んだ私の席は、後ろから3列目でした。座った時はスクリーンが遠いことにぶーたれていたものの、映画が始まってしまえばすぐに映像に引き込まれ、期待通り……いや、期待以上のイケメン安倍晴明をニコニコと鑑賞していました。
ところが始まってしばらく。何やら斜め後ろの方から話し声が……。ノーマナーだなぁと思いつつも、無視して鑑賞していたのですが、そのボソボソ声はいつまで経ってもやみません。ついにしびれを切らして後ろを見てみれば、還暦は過ぎてるだろうおっちゃんがニヤニヤとスクリーンを見ながら何かを呟いていました。おっちゃんは誰かと話しているのではなく、独り言を言っていたのです。
どういうこと? っと困惑しつつも鑑賞に戻るのですが、おっちゃんの声は止むどころか徐々に大きくなっていくばかり。当然、周りの人たちも気づき始め、誰も声には出さないものの「なんだこいつ?」という空気が生まれてきました。私も友達と「迷惑だね」と目線を交わしました。
しかも声のボリュームが上がってくると、おっちゃんが呟く言葉がはっきりわかるようになってきました。「この安倍晴明が……」とか言ってます。そう、作品の中で活躍する安倍晴明のセリフを復唱していたのです。
いやいやいや、おっちゃん、あんたは安倍晴明やないで!
あの席の周りにいた人誰もがそう思っていたに違いありません。でも、安倍晴明が喋らなければピタッと黙り、喋ればなんちゃって歌舞伎役者のようにコブシを聞かせて復唱する。きっとおっちゃんの気分は完全に安倍晴明です。響くような大声ってわけではありません。本人はたぶん誰にも聞こえないような小声でしているつもりだったんでしょう。でも、どうしても熱がこもってしまう。そんな感じの呟きが続きました。
これはノーマナーです。許される行為ではありません。……が、たぶん私含め、周囲の誰もが思っていたでしょう。
このおっちゃん、可愛いくないか?
と。
夢中になっているがゆえ、安倍晴明が愛しすぎるがゆえに黙っていられない。そのだだ洩れの愛情を感じてしまって、なんだか憎めなかったのです。
セリフの復唱もだんだん慣れてきた様子。しかも会心のモノマネができた後に「ヨシッ」と自己評価しちゃうんですよ! かわいすぎか!? ――と思った矢先、隣の友達が「ぷっ」と笑ってしまいました。私は思いました。「ついにこの時が来てしまった!」と。
もうこうなったらだめです。みんながモノマネに対して忍び笑いを漏らすようになってしまいました。周りのみんなが「このおっちゃん可愛いよね」を共有してしまったのです。誰もが映画の鑑賞者であり、おっちゃんの愛の聴衆になってしまいました。
しかし、映画に夢中なおじちゃんはそのことに気付きません。依然、安倍晴明をモノマネし、そのできに「いい!」とか「よかった」と自己採点を続けます。時々セリフを噛んでしまうと「あ……っ」と照れ臭そうに息をのむんですから可愛らしさの始末におえない! 私も耐え切れず、周りと一緒にクスクスと笑っちゃいました。
そんな間にも映画はクライマックスへ。そこまでくるとおっちゃんも作品に引き込まれてしまったのか、静かになりました。おっちゃん含め、みんなが一丸となって大団円を見守ります。そして、迎えるエンディングテロップ。おっちゃんの「よかった!」という声に出しちゃった感想に、周囲もまた忍び笑い(笑)。
うん、よかった! 面白い映画だった!
上映終了後、周囲のみんながご満悦に出ていくおっちゃんの背中を見送っていました。友達も、映画館を出た後にこっそりと「いいおっちゃんだったね」と言ってました。私も頷きました――が、それはとても他の人には聞かせられない感想です。だってノーマナーには変わりないですからね。
けど、今なら。応援上映が当然のようになされている今なら、あのおっちゃんとも楽しく鑑賞できたでしょう。きっと周囲の熱気をけん引してくれる、最強の応援団長になるに違いありません。あのおっちゃんの熱中度の半分もあれば、私も応援上映で声を張れたに違いないのにな。
あれからもう20年近く経つけれど、あのおっちゃん元気かな。今でも元気に応援上映に通ってくれてたらいいな、と時々思うのです。
執筆:藤澤さなえ 2002年、大学在学中から創作集団グループSNEに所属。2004年に『新ソード・ワールドRPGリプレイNEXT(富士見ドラゴンブック刊)』シリーズを発表。以来、アナログゲームを中心に小説、リプレイなどを多数刊行してきた。他にもゲーム記事、シナリオのライティング、エッセイ、漫画のネーム執筆、TRPGのディレクティングなど活動は多岐にわたる。2017年に独立し、現在はフリーランス。趣味はもちろんゲーム全般。 |