前章で、「幕の内弁当」というポリシーを紹介した、サンサン劇場の番組編成。
35ミリフィルムとデジタル(DCPも、ブルーレイも)を自在に使いこなしながら、これまで大量の映画を上映してきた。
当初は二番館上映、つまり「公開が少し落ち着いてきた時のセカンドラン」が多かったが、いつしか「新作」「セカンド上映」そして「旧作」を怒涛に組み合わせながら、マシンガンのように作品を打ち出していくスタイルが定着した。
戸村さんは言う。
「映画館のハードルは作りたくない。ハードルはぶち壊すぐらいでちょうどいい」
と。
そのための方策の一つが、「多彩すぎる新作上映」だ。
アニメーションやファミリー向け大作だけでなく、洋画・邦画問わず、様々な新作をかけつづける。
それは、東京の映画業界に徐々に知られるようになってきていたこの10年の活躍が実を結んだことだ。
それはつまり、誤解を恐れずに言えば、「イベント上映を宣伝として活用する」ということだ。
ここから少し、シビアな話をしよう。
いくらイベント上映が盛り上がろうが、イベントに多数の観客が訪れようが、それだけで映画館の経営というのは安定したりはしない。
たとえばイベントを毎月4回、毎週末に実施したとする。
だが、それで月4回の上映が満席になったとしても、上映回はほかにも多数ある。
1スクリーンで1日5回上映したとして、4スクリーンだと合計20回。
かける30日。
つまり月間で600回は、何かしらの映画が上映される。
そのうちの4回が満席になったとしても、残り596回をどうするかだ。
それに、サンサン劇場は、イベントだろうとめったに追加料金を取らないというのは前章までに述べた。
通常の鑑賞料金のまま、装飾をしたり、前説をしたり、映像を流したり、と精力的なサービスを展開している。
イベントがどれだけ盛況だろうとも。
毎回満席になろうとも。
それだけで、映画館の経営が持ち直すわけではない。
だからこそ、サンサン劇場は、精力的なイベント企画を、「劇場の宣伝」として活用し始めた。
それはもちろん、劇場のファンを、近隣だけでなく全国に増やすことに役立ったが、もう一つ効果があったのは、映画業界にも知名度が拡大したことだ。
映画会社、特に配給会社はほとんど東京に集中している。
その東京から見れば、横浜市を含めた首都圏が一番の商圏で、大阪市・京都市・神戸市の関西圏はその次。
兵庫の尼崎、という場所には土地勘もないことが多く、東京の感覚からすれば「映画ビジネスの商圏として、どこまで成立するか不安」というのが正直なところだろう。
だがサンサン劇場は、単なる「街の映画館」だったころと比べて、この10年間で多くのファンを獲得してきた。
連日SNSをにぎわせ、作品の告知やイベントの宣伝ツイートが拡散されることも珍しいことではなくなったし、特別音響上映などの音響のこだわりもプラスに働いた。
「それほどまでに、ファンに愛されている映画館なら」
「そこまで、作品をしっかり観客に届けることに意識を配ってくれる映画館なら」
そういう思いが、配給会社の背中を押し、10年前では到底実現できなかったような、バリエーション豊かな新作上映を可能にした。
それが、「残り596回」の上映作を多彩にし、様々な人が日常的に訪れる映画館として新生できた大きな理由の1つだ。
次項からは、新作・旧作問わずにどんどん自由になっていく番組編成の中で、塚口サンサン劇場がどういう意識で作品を選んでいるのかをひもといていきたい。
簡潔に述べると、「作品と作品、作り手と作り手の間をつなぐ」ということ、そして「番組編成をクリエイティブなパズルにする」ということである。