エッセイスト武部好伸さんの新刊『大阪「映画」事始め』が10月13日に発売。「実は大阪が、日本で最初の映画上映の地では」と呼びかける。
大阪在住のエッセイスト武部好伸さんは、読売新聞の元記者。現在は映画やウィスキー、ケルト文化など、様々な分野についての著述を発表している。武部さんの新刊『大阪「映画」事始め』は、大阪が日本における映画上映の最初の地であることを呼びかける一冊。
きっかけは、2015年の武部さんの講演に訪れた人の一言だった。以前『ぜんぶ大阪の映画やねん』(平凡社)などを出版していた武部さんだったが、「大阪で映画が初めて一般公開されて、来年2017年で120年です。この節目に、大阪と映画の関わりについてまた本を書いてほしい。武部さんしかいません」と言われたという。
「その方の一言を受けて、翌日から家にある資料を出してきて、どういう方向で取材をして行くかを考えました。120年という節目だから、歴史を探っていこうと。しかし120年前なので、当事者への取材ができない。文献を調べるための図書館通いがはじまり、やがていろんな大阪と映画の関わりが見えてきました」
そこで発見したのが、大阪で映画が最初に上映されたという証拠だった。
「図書館で資料を発見した時は、たまらず叫びたかったぐらいです(笑)。思わず図書館の外に飛び出しましたね」
映画の日本との関わりについては、今まで「上陸は神戸、最初の上映は京都、最初の興行は難波」というのが通説だった。神戸でのキネトスコープの一般公開は1896年11月25日からで、最終日の12月1日が「映画の日」のきっかけとなった。
翌1897年の1月に、京都の実業家・稲畑勝太郎がフランスから持ち帰ったシネマトグラフと呼ばれる映写機を、京都電灯の中庭(現在は関西電力変電所と旧・立誠小学校にまたがる場所)で試写を実行。これが、日本で初めての映画の上映とされてきた。
その後2月15日、稲畑は今度は、大阪・難波の南地演舞場(現在のTOHOシネマズなんば)で有料の上映会を開催。これが映画興行の発祥とされている。
だが、同書では、1896年12月にすでに、大阪・心斎橋の西洋雑貨商、荒木和一が米国で購入したエジソン社のヴァイタスコープという映写機を、当時の福岡鉄工所(現在のなんばパークス入り口、現在の難波中交差点辺り)で試写を行ったとしている。
それが日本における最初の映画上映だとすると、「最初の上映も興行も大阪」ということになる。
同書では、この稲畑と荒木、映画を同時期に日本に持ち込んだ二人の男たちが、どちらが先に上映するかという競い合うような物語が、スリリングかつ情感豊かに語られる。ノンフィクションの本では珍しい、まるで小説のような描写で、当時起こったであろう物語が繰り広げられる。
「硬い文体だと、一般の方が読んでも面白くないと思いました。だから最低限のところは押さえて、あとは読みやすくしようと」とエッセイストならではのこだわりが光る。
なお同書の発刊を記念して、10月29日(土)、大阪の隆祥館書店(大阪市中央区安堂寺町1)5階・多目的ホールで、17時からトークイベントが行われる。
11月3日(木・祝)には、天神橋のSAMBOA BARでも記念イベント。16時開演。
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